2009年05月27日

また追悼

IMG_0115.JPG
とても親しかった友人が突然亡くなりました。
清志郎さんが亡くなってまだ日が浅いというのに。
彼は某レコード会社で映像を担当していてお互いに20代の中盤の血気盛んな頃に出会いました。
それから30代、40代と共に時代を公私共に駆け抜けてきました。
いろんな事がありました。楽しいこと、辛かったこと、苦しかったこと。
けんかっ早い彼とは何度もけんかもしました。
ある意味第二の青春を共にした親友でした。
もともと体の強くなかった彼とは、お前みたいなのが長生きするんだよなと冗談を言ってましたが、こんなに早く逝っちゃうなんて。
彼はもはや音楽業界では伝説の人でした。
多くのアーティストを世に出し、何といっても音楽映像の世界ではある意味一つの時代を確率しました。彼に続く多くの映像ディレクターは、彼にあこがれ、あるいは追いかけて映像を追求しました。ある意味では僕もその一人だと思います。
彼から受けた影響は多大なるものです。
そんな彼は仕事上、映像を離れてから十数年経った最近まで映画を撮りたいと言っていました。
出来るなら彼の映像をもう一度観たかった。

本人の意思で密葬という形式をとられたみたいですが、僕を含めて多くの人たちが彼を偲んでいると思います。
近いうちに有志達で彼を偲ぶ会を行いたいと思います。
そうじゃないとこの悲しみは宙に浮いたまま浮遊し続けるかもしれないから。
天に逝ってしまった彼からは、そんなことやめろよという声が聞こえてきそうですが、これは僕の問題なので。
今頃、清志郎さんが大好きだった彼は天国でもう会ったりしているのかなあ?

リスペクト伊作!!

合掌
posted by Whoop at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年05月13日

追悼

rainbow.JPG2009年5月8日レインボーブリッジにて

忌野清志郎さんが亡くなられて10日が過ぎようとしています。
清志郎さんとは80年代初頭RCの時代からファインダーを通して観てきました。
それから10数年が経ちGLAD ALL OVERとそれに関連するTV番組、30周年リスペクト清志郎と数本お仕事をさせてもらいました。
最後になったのは2年前の札幌市民会館でのライブでした。
清志郎さんの最初の衝撃は、確かやはり80年代だと思いますが、泉谷さんのライブのリハーサルでした。普段はとてももの静かな清志郎さんが歌いだした瞬間のあの変貌。凄い、この人は普通の人じゃないと思いました。楽曲は「自由」でした。
あれ以来何度かお話をさせてもらう事に本当に物静かなとても優しい人という印象でした。
最後に言葉を交わしたのは、札幌市民会館での前日リハーサルの薄暗いステージ袖で、癌を克服されての「復活はとても嬉しいです」と声をかけました。清志郎さんは、ありがとうと笑顔で応えてくれました。
その本番でのステージは圧巻でした。シークレットゲストという形で3曲歌われました。
「トランジスタラジオ」「スローバラード」「雨あがりの夜空」。
撮影しながら感動した数少ないライブの一つになりました。
あのライブの記録は僕の宝になりました。
チャボさんが清志郎さんの30周年で言われた言葉、
「キヨシロー、お前と一緒の時代に生きてて良かった!」。
僕も本当にそう思います。
ありがとう清志郎さん。そして安らかに眠ってください。
お疲れさまでした。
posted by Whoop at 11:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記